盛岡から南へ電車で20分ほど。田園の中に酒蔵の煙突が点在する紫波町(しわちょう)は、知る人ぞ知る「酒のまち」です。町内に複数の蔵が今も酒を醸すこの土地で、ひときわ温かみのある酒を造っているのが「月の輪(つきのわ)」こと月の輪酒造店です。
蔵の名は、紫波町に伝わる史跡「月の輪形」に由来すると言われます。平安の昔、この地に陣を張った源氏の軍勢が、池に映る月を愛でたという伝承の残る場所。夜空の月と水面の月——そんな情景を思わせる名前は、日本酒の銘柄のなかでも指折りの美しさではないでしょうか。
創業は明治期。以来、南部杜氏の本場・紫波の地で、家族経営の小さな蔵として酒を醸し続けてきました。
月の輪の魅力は、なんといっても「顔が見える」ことです。大量生産とは対極の、家族と少人数の蔵人による手仕事。蔵元一家が原料処理から搾りまでを見守る酒づくりは、良くも悪くも造り手の人柄がそのまま酒に出ます。
そして月の輪の酒は、実際にやさしい。
地元の米を使った純米酒を中心に、季節のしぼりたてや、にごり系まで、ラインナップはどれも「日常の酒」の延長線上にあります。特別な日のための酒というより、毎日の食事を少し豊かにしてくれる酒です。
月の輪を呑むなら、ぜひ紫波町という土地とセットで覚えてください。紫波は酒蔵が集まるだけでなく、フルーツ(ぶどう・りんご)の産地であり、ワイナリーまである「醸造のまち」。オガールエリアの開発で注目された町でもあり、酒蔵めぐりと合わせて半日の小旅行にちょうどいい規模感です。
蔵の直売所で一本求めて、地元の食材と合わせる——それが月の輪のいちばん贅沢な呑み方かもしれません。
月の輪は、派手な受賞歴やSNSの話題性で語る蔵ではありません。それでも、家族の手仕事が生む「ほっとする味」は、大手には決して真似できないものです。紫波の月を思い浮かべながら、ぬる燗を一杯。日本酒の原風景が、ここにあります。