岩手県の南三陸、陸前高田市。「酔仙(すいせん)」の名は、「酔うて仙人の境地に入る」という言葉に由来すると伝わります。気仙地方の呑み手に長く愛されてきたこの蔵は、東日本大震災で最も過酷な運命をたどった酒蔵のひとつでもあります。
酔仙酒造の成り立ちは少し変わっています。戦時中の昭和19年(1944年)、気仙地方の複数の造り酒屋が企業合同して誕生しました。いわば「気仙の酒づくりの結晶」として生まれた蔵。以来、陸前高田の地で、三陸の海の幸に寄り添う酒を醸し続けてきました。
代名詞は、なんといっても「雪っこ」。秋冬限定の活性原酒(にごり酒)で、雪のように白くとろりとした口当たりと、甘くやさしい味わい。アルコール度数は原酒らしく高めなのに、するすると呑めてしまう危険な美味しさで、岩手の秋の風物詩になっています。「雪っこが出ると冬が来る」——県民にはそんな感覚さえあります。
東日本大震災の津波は、陸前高田の市街地とともに酔仙の本社蔵を呑み込みました。蔵は全壊。従業員にも犠牲者が出るという、言葉を失う被害でした。
それでも酔仙は、酒づくりをやめませんでした。県内の同業蔵の支援を受けて醸造を再開し、翌2012年には隣の大船渡市に新しい蔵を建設。「気仙の酒を絶やさない」という執念で、わずか1年余りで自前の生産体制を取り戻したのです。震災の年の秋、避難生活の中で再び店頭に並んだ「雪っこ」に、涙した地元の人は少なくなかったといいます。
酔仙の酒は、淡麗で綺麗な酒質のものが多く、三陸の海産物との相性は抜群です。
陸前高田を訪れるなら、奇跡の一本松や震災遺構とともに、ぜひ地元の飲食店で酔仙を。復興のまちで呑む一杯には、他では得られない重みがあります。
酔仙は、気仙の蔵々の合同で生まれ、津波で全てを失い、それでも1年で立ち上がった——「二度生まれた蔵」です。冬の入り口に雪っこを見かけたら、ぜひ一本。とろりと甘いその白さの向こうに、三陸の人々の底力があります。