三陸のリアス海岸に抱かれた港町、釜石。かつて「鉄の街」として栄え、いまはラグビーワールドカップの開催地としても知られるこの街に、大正期から続く酒蔵「浜千鳥(はまちどり)」があります。波打ち際を駆ける千鳥の名を冠した酒は、三陸の魚と呑むために生まれてきたような一本です。
浜千鳥の創業は大正12年(1923年)と伝わります。以来100年、釜石の地で酒を醸し続けてきました。製鉄所とともに栄えた釜石は、労働のあとの一杯を大切にする街。浜千鳥は、そんな港町の日常に寄り添う酒として育ってきました。
蔵が掲げるのは「地の酒」という言葉。単に地元で売る酒ではなく、地元の米、地元の水、地元の人の手で醸す酒という意味です。米は遠野などの契約農家と結び、岩手の酒米「吟ぎんが」「ぎんおとめ」を中心に使用。仕込み水には、リアスの山々から海へ注ぐ清らかな水を使います。海の目の前で、山の水と里の米から酒が生まれる——三陸ならではの酒づくりです。
浜千鳥の酒質を一言でいえば、「きれいで、押しつけがましくない」。香りは穏やかで、口当たりはやわらかく、後味はすっと切れる。まさに魚のための設計です。
「酒が主役」ではなく「食卓の名脇役」。それを100年やり続けているのが浜千鳥の凄みです。
2011年の震災では釜石も大きな被害を受けましたが、浜千鳥は酒づくりを守り抜き、復興する街とともに歩んできました。2019年のラグビーワールドカップ釜石開催では、世界から訪れたファンが地元の酒として浜千鳥を味わい、港町の一杯が国際交流の場にもなりました。
釜石を訪れるなら、鉄の歴史館や震災伝承施設とあわせて、夜は魚と浜千鳥を。旅の記憶に、土地の味がそのまま刻まれます。
浜千鳥は、派手さを求めず、三陸の食卓のために「地の酒」を貫いてきた蔵です。魚好きの呑み手にとって、これほど頼れる岩手の一本はありません。刺身を用意した夜は、ぜひ浜千鳥を冷やで一杯から。