「今日3時間やった」と言われても、私はほとんど何も分かりません。 3時間机に向かって、できるようになったことがゼロということは普通に起こります。
私にとって勉強とは、何かできるようになるまで繰り返し練習して習得することです。 だから何時間やったか、何ページ進んだかは、正直どうでもいい。 解けるようになっていればOK、理解できていればOKです。
ただ、そう言うと必ず次の問いが来ます。 「じゃあ、どうやったら理解できたって言えるんですか」
これに私が答えているのが、この記事の内容です。
私の答えは「人に説明できるようになったら、理解できたと言えるのでは」です。
ここで多くの人が身構えます。友達を捕まえないといけないのか、と。 その必要はありません。実際に他人を用意しなくていい。
心の中で、流れと手順と理由を説明できるかを確認する。それだけです。
この3つ目が本体です。1つ目と2つ目だけなら、 答えを覚えていれば言えてしまうからです。
説明には順番と理由が要ります。 そして人間は、分かっていない場所では言葉が止まります。
問題を解いているときは止まりません。手が勝手に動くからです。 見たことのある形なら、考えなくても式が書けてしまう。 だから「解けた」は理解の証拠になりません。
ところが説明しようとすると、 「ここでこうして……なんでだっけ」が必ず出てきます。 その「なんでだっけ」の場所が、分かっていない場所です。 探さなくても、向こうから出てきてくれる。これがこの方法の強いところです。
問題を1問解いた直後に、問題を見ないでこう言ってみてください。
声に出しても、頭の中でもかまいません。 途中で詰まったら、そこが今日やるべき場所です。 分かっている9問を解き直す必要はありません。
詰まった場所が見つかったあと、昔は困りました。 先生に聞けるのは週に何回か。友達に「なんで?」を3回続けると、 たいてい気まずくなります。
いまはAIがあります。 分からない箇所について、繰り返し「なんで?」と聞ける。 相手は疲れないし、こちらも気を使わなくていい。
ここは本当に、私が学生だったころと条件が違うところです。 「説明できるか確かめる」→「詰まったところを何回でも聞く」が、 ひとりの部屋の中で完結するようになりました。
教えたあと、口頭で私に説明できるか聞いてみます。 「これ、どうやって解いたか説明して」と。
そこでなぜそうしたのかまで言えていたら、理解OKと判断します。 手順だけスラスラ言えて理由が出てこないときは、 まだ覚えているだけなので、そこをもう一度やります。
「説明してみて」と言われても、何をどう言えばいいか分からないと思います。 順番を決めておくと、迷いません。この3つを、この順で言ってください。
| 言うこと | 言い方の例 | |
|---|---|---|
| 1 | この問題は何を聞かれているのか | 「2つの直線が交わる点を出せ、と言われている」 |
| 2 | まず何をしたかと、なぜ | 「連立方程式にした。交点は、両方の式を同時に満たす点だから」 |
| 3 | 次に何をしたかと、なぜ | 「yを消した。xだけの式にすれば数が出るから」 |
2番と3番の「なぜ」だけが本体です。 ここが「……なんとなく」になったら、そこが今日やる場所です。
完璧に説明できる必要はありません。目安はこれだけです。
その手を選んだ理由を、自分の言葉で1つ言えたらOK。
教科書と同じ言い方でなくてかまいません。
「そうしないと数が出ないから」でも立派な理由です。
逆に、次の言い方が出たらまだです。
これは理由ではなく、理由を思い出せないときに出る言葉です。 責める必要はありません。見つかった、というだけのことです。
詰まった場所が見つかったら、AIに聞けます。 ただ、聞き方でまったく違うものが返ってきます。
| 聞き方 | 返ってくるもの | |
|---|---|---|
| 下手 | 「この問題が分かりません」 | 解き方の全体。知っている所まで読まされる |
| うまい | 「連立方程式にするところまでは分かります。 そのあと、なぜyから消すのかが分かりません」 | その一点の説明。2〜3行で済む |
形は1つ覚えれば足ります。
「ここまでは分かります。ここから分かりません」
前半に、自分が言えたところを書く。後半に、詰まった一点を書く。
そして、返ってきた説明をそのまま信じないでください。 最後にもう一度、自分の言葉で言い直せるかを確かめる。 言い直せて、はじめて自分のものになります。 ここを飛ばすと、「読んだら分かった」で終わって、翌日には消えています。
これは大人の仕事でも同じです。 調べて出てきた答えを、自分の言葉で言い直せない人は、応用が効きません。 学生のうちに身につくと、ずっと使えます。