このシリーズでは、これまで岩手の蔵と銘柄を巡ってきました。今回は少し視点を変えて、その酒を根っこで支えている「酒米」の話です。ラベルの裏に小さく書かれた米の名前が読めるようになると、酒選びは一段と楽しくなります。岩手生まれの酒米——結の香(ゆいのか)、吟ぎんが、ぎんおとめ——を、初心者向けにご紹介します。
酒米(正式には酒造好適米)は、ごはん用の米とは別物です。見分けるポイントは大きく三つ。
有名どころでは兵庫の「山田錦」が酒米の王様と呼ばれます。ただ、寒冷地の岩手で他県の米に頼り切る必要はもうありません。県が長い年月をかけて、岩手の気候に合う酒米を自前で育ててきたからです。
岩手県が吟醸酒向けに開発し、2000年前後にデビューした品種です。名前のとおり吟醸クラスを狙った米で、いまでは県内の多くの蔵が純米吟醸や吟醸に使う、いわば岩手の主力酒米。すっきりと綺麗な酒質になりやすいと言われ、このシリーズで紹介してきた銘柄でも、ラベルの裏を見ると「吟ぎんが」の文字にたびたび出会えます。
同じく県育成の品種で、早生(収穫が早く冷害を避けやすい)で県北に向くのが持ち味。冷害と長く付き合ってきた岩手らしい米です。純米酒や本醸造など、毎晩の晩酌を支える価格帯の酒に広く使われ、やわらかい飲み口の酒になりやすいとされます。派手さより安定感——どこか岩手の県民性に似ています。
そして最高峰が「結の香」。「山田錦に負けない酒米を岩手で」という目標を掲げ、県が約十年をかけて開発し、2010年代前半に実用化された大吟醸向けの品種です。心白が大きく高精白に耐え、華やかで上品な酒に仕上がると評されます。県内の限られた蔵が大吟醸クラスに使う特別な米で、全国の鑑評会に出品されるような酒にも採用されています。
これまで紹介してきた蔵の多くも、県産米に力を入れています。たとえば南部美人は結の香を使った大吟醸を手がけることで知られ、あさ開や菊の司などの盛岡の蔵でも吟ぎんが・ぎんおとめを使った県産米仕込みのラインがあります。次に岩手の酒を手に取るときは、裏ラベルの「原料米」の欄をのぞいてみてください。「この味は結の香か」「晩酌向きのぎんおとめだな」と分かるようになれば、もう立派な岩手酒の通です。
酒は米の農産物。岩手の酒の柔らかさや綺麗さの裏には、寒さと付き合いながら米を育ててきた農家と、県産米で勝負しようと決めた蔵の意地があります。結の香・吟ぎんが・ぎんおとめ——三つの名前を覚えるだけで、岩手の酒の解像度はぐっと上がるはずです。